母の日を前にして母を想う

      2017/06/19


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こんにちはアラフィフ「さわまり」です
 
母の日が近づいてきたので広告を目にします
わたしの母は2年前に他界しました
 
時々ふっと母のことを思い出します
なぜ時々なのか?
 
母はとても厳しい人でした
こどもの頃は怒られるのでいつも母の顔色をみていた気がします
特に長女だったわたしには厳しかった
 
その厳しさのいい面は
成人になってきちんとしていると褒められるたび
母のしつけのおかげだと感謝しました
 
その厳しさの悪い面は、いま思うと厳しいというより
母のこだわりを押し付けられていたということ
 
小学校時代を思い出すと
髪型は段カットはダメでボブのみとか
駄菓子は食べたらダメとか
キャラクター物はダメとか
 
学生時代を思い出すと
お友達(もちろんボーイフレンド含めて)を
あの子は挨拶が出来ないからダメとか
あの子は派手だからダメとか
 
母とは良く一緒に行動しました
一緒だと機嫌がいいし、母は趣味は若かったので
コンサートや映画、旅行などを一緒に楽しみました
 
母のことを厳しいと思う反面
手芸(フランス刺繍)の先生でしたので
手に職を持っている母を尊敬もしていました
 
そんな母が2009年食道癌ステージ4と診断され
抗がん剤と手術を受けることに
日ごろしっかりしていて厳しいひとだったので
癌も乗り越えていけると思っていたのですが
検査入院の段階から食事もままならなく
抗がん剤も合わなくて、それでも手術は成功し
先生には「身体の作りが変わったのだからそれに合わせてください」
と言われてもどうにも気持ちがついていけず食事が食べれず
術後の生活は母にとってつらい日々でした
 
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癌の経過はよかったのですが
母の気持ちは良くならず気力も出ず
うつ状態から徐々に痴呆症もでてきました
 
その当時、母は父が亡くなって一人暮らしをしていたので
昼間はヘルパーさんに手伝ってもらい
夜は母のところに通って食事などの世話をして
そんな生活を1年ほど続けましたが
もう一人では置いておけなくなり母と同居することに
 
痴呆が出てきている母にとって
新しい場所での生活は中々慣れず
外出しては帰ってこれなかったり
部屋をぐちゃぐちゃにしたり
 
しっかりしていて厳しかった母が壊れていく姿は
受け入れにくく手をだしてしまったこともありました
いま思い出すと結構大変な日々でした
介護問題は世話をする人が本当に大変です
 
仕事をしつつ母の面倒は続かないと
将来的なことを考えていた同居して10ヶ月ほどのある晩
その日は母の夕食をすませて寝るばっかりにして
仕事関係の新年会があったので出掛けて帰ってきたら
お風呂で亡くなっていました
ここ最近自分ではお風呂の準備が出来なかった母が
 
あっけなく行ってしまった母
たぶんこれ以上面倒をかけたくなかったので
自分で綺麗にして出掛けて行ったのでしょう
 
厳しくていつも顔色をうかがっていた母でしたが
癌で5年、痴呆で2年わたしなりに世話ができたので
後悔などはなくこうして振り返ってみました
 
きっと母はあちらで先に行った父やお友達と
楽しく過ごしていることでしょう
 
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